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118.2 第106話【後編】

10:58
 
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二人は声を出して笑った。
携帯バイブの音
「うん?」
椅子の背もたれにかけたスーツの上着から携帯を取り出した井戸村はその表示を見ると不愉快な表情になった。
「部長?」
「ちょっと席を外す。すぐに戻るから。」
井戸村は店の外に出た。
「なんだ。こんな時間に。」
「病院部長。至急ご報告があります。」
「なに…坊山まさかお前、東一のお客さんに無礼でも…。」
「それどころじゃありません。」
かぶせてくる坊山の物言いに、井戸村はただごとではないことを察した。
「なにがあった。」
「光定先生。ヤバいですよ。」
「光定先生がヤバい?」
「はい。」
「先生がヤバいのは今に始まったことじゃない。」
「確かに…ってかそういう時限の話じゃないんです。」
「具体的には。」
「写真送ります。とりあえずそれ見てください。」
すぐに何枚かの画像が送られてきた。
それを見た瞬間、猛烈な吐き気をもよおした井戸村は足元のドブに構わずそれを吐き出した。
「おえっ!おええぇっ!」
食堂と口の中に充満した吐瀉物の酸味を帯びた香りが、鼻腔を伝ってくる。アルコール、そして強めのニンニク臭が混じったそれは井戸村の意識を朦朧とさせた。
「この写真が光定先生の机から出てきたんです。」
「ま…まて…なんでこんなもんが…。」
「わかりませんよ…とにかくこんなもんを持っとる事自体がおかしいんです。んで。」
「んで…なんだ。」
「たくさんあるんです。」
「たくさん?」
「どれから報告すればいいんかわからんがですが、なんか現実離れしたことばっかで…。」
「何を言ってるんだ坊山。」
「笑わんといてくださいよ。」
「笑うなって…。」
「笑わんといてくださいよ。」
「わかったわかった。」
「先生、なんか催眠の実験をそこらじゅうでやっとるみたいなんです。」
「はぁ?」
懐疑的な返事をした井戸村だった。が、それは直後一定の沈黙が流れたことで撤回された。
坊山はおそるおそる声をかける。
「どうしました部長。」
「…風のうわさだ。」
「うわさ?」
「あぁ噂を耳にしたことがある。」
「なんです?」
「しかし…もしもそれが本当だとしたら…。俺はとんでもないことに力を貸していたことになるんじゃないか…。」
内線電話の音
「はい。」91
「私だ。小早川先生が亡くなりました。」
「え…。」
「研究室で飛び降り自殺です。」
「待て坊山。」
井戸村は坊山に待てと合図をする。
「え?」
「小早川に天宮のすべてを引き継ぐ件は一旦なしです。」
「ええ…。わかりました…。では一旦止めます。」
「国の威信をかけた大事な研究してるんだ。いままで順調に成果を上げてて、最後の最後でチョンボ。それだけは避けたい。」
「…。」
「あなたもそうですよね。井戸村さん。」
「…。」
「追ってこちらから指示を出します。次はありませんよ。」
電話を切った部長の額、首筋におびただしい汗の粒が見えた。
「部長…いかがなされましたでしょうか。」
「小早川先生が亡くなった。」
井戸村はその場に座りこんだ。
ただの酔っ払いと他人には映るだろう。だが周りの様子を気にするほど余裕はない。
下半身に力が入らないのだ。
井戸村の様子がおかしいことは電話越しでも坊山に伝わった。
「部長?」
「嘘だろう…。」
「大丈夫ですか。しっかりしてください部長。」
「坊山。いまお前どこだ。」
「もちろん病院です。」
「相馬さんは。」
「光定先生と応接におるかと思います。」
「そうか。」
「どうします?」
「その写真は見なかったことにしろ。すぐ相馬さんと合流するんだ。」
「はぁ…。」
「光定に怪しまれるとまずい。」
「あの…部長。」
「相馬さんの対応が終わったらお前すぐに談我まで来い。」
「談我ですか?談我ってあれですか。」
「あぁ南町の。」
「わかりました。」
「至急だぞ。わかったな。」
「はい。」
電話を切った坊山は一度回収した光定のスマホを、机の引き出しの中へ再び戻した。
そしてあたりに誰も居ないことを確認して消灯。その場から逃げるように立ち去った。
「あれ?部長?」
外に様子を見に来た楠冨に地面に座りこんで放心状態の井戸村が飛び込んできた。
彼女は駆け寄る。
「部長?しっかりしてください。」
顔を覗き込むも生気がない。
軽く肩をたたいて呼びかけるも返事がない。
とっさに彼女は井戸村の頸動脈に指を当てる。
温かい。そして妙な拍動もない。
「部長。どうされたんですか。」
手を握って穏やかに声をかけると、それは軽く握り返された。
「良かった。」
「帰るんだ。」
「はい?」
「君はすぐ家に帰るんだ。これ以上俺と関わらないほうがいい。」
「え?どういうことです?」
「どうも俺、かなりヤバいことに足突っ込んでたみたいだ…。周りに迷惑をかけたくない。」
そう言うと井戸村は財布の中から5千円札を取り出してそれを彼女の手に握らせた。
「すぐにこれで帰るんだ。」
「なんですか。急ですよ。」
「いいからすぐに帰るんだ。」
「嫌です。」
「馬鹿野郎!」
周囲もはばからず一喝する井戸村に楠冨は沈黙した。
「巻き込みたくないんだ…わかってくれ…。」
「巻き込む?」
「お前ら巻き込みたくないんだよ。これは俺の方でけじめをつける。」
「お前らって…部長なにいってるんですか。」
「お前も坊山も巻き込みたくない。俺の不始末だからな。」
「…。」
「とにかくお前はここから消えろ。坊山は俺の方でうまくやる。」
「坊山課長はいまどこなんですか。」
「こっちに向かっている。」
「私もご一緒します。」
「駄目だ。頼むから俺の言うとおりにしてくれ。お前は一刻も早くこの場から消えてくれ。」
「いいえ。」
「頼むこの通りだ。」
自分の勤務先の事務方のトップである男が目の前で土下座までしていた。
「わかりました。」
「坊山は任せろ。」
「はい。」
店内の音
店に戻ってきた井戸村は力なく椅子に座った。
一緒にいたはずの女性の姿はない。
呼び出し音
「もしもしワシや。何あったんか後で教えてくれんけ。」
「あら何のこと?」
「おたくのエスさんがマークしとる対象、様子がおかしい。」
「わかったわ。後で報告するわね。」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
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携帯バイブの音
「うん?」
椅子の背もたれにかけたスーツの上着から携帯を取り出した井戸村はその表示を見ると不愉快な表情になった。
「部長?」
「ちょっと席を外す。すぐに戻るから。」
井戸村は店の外に出た。
「なんだ。こんな時間に。」
「病院部長。至急ご報告があります。」
「なに…坊山まさかお前、東一のお客さんに無礼でも…。」
「それどころじゃありません。」
かぶせてくる坊山の物言いに、井戸村はただごとではないことを察した。
「なにがあった。」
「光定先生。ヤバいですよ。」
「光定先生がヤバい?」
「はい。」
「先生がヤバいのは今に始まったことじゃない。」
「確かに…ってかそういう時限の話じゃないんです。」
「具体的には。」
「写真送ります。とりあえずそれ見てください。」
すぐに何枚かの画像が送られてきた。
それを見た瞬間、猛烈な吐き気をもよおした井戸村は足元のドブに構わずそれを吐き出した。
「おえっ!おええぇっ!」
食堂と口の中に充満した吐瀉物の酸味を帯びた香りが、鼻腔を伝ってくる。アルコール、そして強めのニンニク臭が混じったそれは井戸村の意識を朦朧とさせた。
「この写真が光定先生の机から出てきたんです。」
「ま…まて…なんでこんなもんが…。」
「わかりませんよ…とにかくこんなもんを持っとる事自体がおかしいんです。んで。」
「んで…なんだ。」
「たくさんあるんです。」
「たくさん?」
「どれから報告すればいいんかわからんがですが、なんか現実離れしたことばっかで…。」
「何を言ってるんだ坊山。」
「笑わんといてくださいよ。」
「笑うなって…。」
「笑わんといてくださいよ。」
「わかったわかった。」
「先生、なんか催眠の実験をそこらじゅうでやっとるみたいなんです。」
「はぁ?」
懐疑的な返事をした井戸村だった。が、それは直後一定の沈黙が流れたことで撤回された。
坊山はおそるおそる声をかける。
「どうしました部長。」
「…風のうわさだ。」
「うわさ?」
「あぁ噂を耳にしたことがある。」
「なんです?」
「しかし…もしもそれが本当だとしたら…。俺はとんでもないことに力を貸していたことになるんじゃないか…。」
内線電話の音
「はい。」91
「私だ。小早川先生が亡くなりました。」
「え…。」
「研究室で飛び降り自殺です。」
「待て坊山。」
井戸村は坊山に待てと合図をする。
「え?」
「小早川に天宮のすべてを引き継ぐ件は一旦なしです。」
「ええ…。わかりました…。では一旦止めます。」
「国の威信をかけた大事な研究してるんだ。いままで順調に成果を上げてて、最後の最後でチョンボ。それだけは避けたい。」
「…。」
「あなたもそうですよね。井戸村さん。」
「…。」
「追ってこちらから指示を出します。次はありませんよ。」
電話を切った部長の額、首筋におびただしい汗の粒が見えた。
「部長…いかがなされましたでしょうか。」
「小早川先生が亡くなった。」
井戸村はその場に座りこんだ。
ただの酔っ払いと他人には映るだろう。だが周りの様子を気にするほど余裕はない。
下半身に力が入らないのだ。
井戸村の様子がおかしいことは電話越しでも坊山に伝わった。
「部長?」
「嘘だろう…。」
「大丈夫ですか。しっかりしてください部長。」
「坊山。いまお前どこだ。」
「もちろん病院です。」
「相馬さんは。」
「光定先生と応接におるかと思います。」
「そうか。」
「どうします?」
「その写真は見なかったことにしろ。すぐ相馬さんと合流するんだ。」
「はぁ…。」
「光定に怪しまれるとまずい。」
「あの…部長。」
「相馬さんの対応が終わったらお前すぐに談我まで来い。」
「談我ですか?談我ってあれですか。」
「あぁ南町の。」
「わかりました。」
「至急だぞ。わかったな。」
「はい。」
電話を切った坊山は一度回収した光定のスマホを、机の引き出しの中へ再び戻した。
そしてあたりに誰も居ないことを確認して消灯。その場から逃げるように立ち去った。
「あれ?部長?」
外に様子を見に来た楠冨に地面に座りこんで放心状態の井戸村が飛び込んできた。
彼女は駆け寄る。
「部長?しっかりしてください。」
顔を覗き込むも生気がない。
軽く肩をたたいて呼びかけるも返事がない。
とっさに彼女は井戸村の頸動脈に指を当てる。
温かい。そして妙な拍動もない。
「部長。どうされたんですか。」
手を握って穏やかに声をかけると、それは軽く握り返された。
「良かった。」
「帰るんだ。」
「はい?」
「君はすぐ家に帰るんだ。これ以上俺と関わらないほうがいい。」
「え?どういうことです?」
「どうも俺、かなりヤバいことに足突っ込んでたみたいだ…。周りに迷惑をかけたくない。」
そう言うと井戸村は財布の中から5千円札を取り出してそれを彼女の手に握らせた。
「すぐにこれで帰るんだ。」
「なんですか。急ですよ。」
「いいからすぐに帰るんだ。」
「嫌です。」
「馬鹿野郎!」
周囲もはばからず一喝する井戸村に楠冨は沈黙した。
「巻き込みたくないんだ…わかってくれ…。」
「巻き込む?」
「お前ら巻き込みたくないんだよ。これは俺の方でけじめをつける。」
「お前らって…部長なにいってるんですか。」
「お前も坊山も巻き込みたくない。俺の不始末だからな。」
「…。」
「とにかくお前はここから消えろ。坊山は俺の方でうまくやる。」
「坊山課長はいまどこなんですか。」
「こっちに向かっている。」
「私もご一緒します。」
「駄目だ。頼むから俺の言うとおりにしてくれ。お前は一刻も早くこの場から消えてくれ。」
「いいえ。」
「頼むこの通りだ。」
自分の勤務先の事務方のトップである男が目の前で土下座までしていた。
「わかりました。」
「坊山は任せろ。」
「はい。」
店内の音
店に戻ってきた井戸村は力なく椅子に座った。
一緒にいたはずの女性の姿はない。
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「もしもしワシや。何あったんか後で教えてくれんけ。」
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